先日電車に乗っていたら、「大阪万博のパビリオンが地域の集会所になってるらしいよ」という神戸うわさプロジェクトの吹き出しシールを見かけました。真偽のほどを確かめに現地へ急行!

場所は、北区の神戸電鉄沿線。最寄りの駅は山の街駅。

新開地から乗った場合は、改札を出て右手へ。三田方面からの場合は、ホーム南寄りにある改札を出て右手へ。坂道をどんどん下っていきます。

あ、なんか見えてきましたよ。アジアっぽい黄色の建物が異彩を放っています。
実はこの建物、神戸電鉄の車窓からも遠くに見えています。なんだろう?と思いながら乗っている方もいるでしょうね。

途中有馬街道が交わる交差点を渡り、今度は上り坂をまっすぐ進みます。

山の街駅から徒歩で約10分。広陵町1丁目のバス停が見えてきたら次の交差点を左折。

山の街駅、鈴蘭台駅前、谷上駅前、神戸駅前から出ているバスも通ってます。大阪万博を懐かしく思う方の多くはシニアだと思いますので、足腰の弱い方はバスがおすすめ。本数は少ないですが。

住所で言うと、神戸市北区広陵町2丁目28-2になります。

到着!
うわさの通り、地域の集会所になっています。

おおー、まるで1970(昭和45)年の大阪万博にタイムスリップしたかのよう。
このパビリオンは、当時のカンボジア館です。

このリンク先の万博記念公園のサイトにあるカンボジア館の写真と比べてみてください。当時は入口の少し高くなったところに階段が付けられていますが、横からの見た目は万博開催時と変わりません。

新クメール建築と呼ばれる建造物で、屋根はイエロー・オレンジ色のスレートぶき。採光のための窓が側面にあるなど、近代的な要素も取り入れた木造建築で、カンボジアの有名建築家であるウク・ソメス氏が手がけたものだそう。
屋根の先にあるものは、カンボジアで「水の神」といわれる蛇を模しているとか。カンボジアの建築様式をとどめる貴重な建物で、文化財として指定してもいいぐらいのものだと思います。

この部分も当時のままなのでしょうね。

アンコールワットにある石像のレプリカなどの展示品も、53年前のものがそのまま置かれています。


万博記念公園のサイトに掲載の説明によると「出口の右手には仏像 3 体、入口には仏頭 1 体の屋外展示物があった。」とのこと。

「パビリオンのいわれ」という案内板が、この集会所を管理している広陵町自治会の手で設けられています。この地に移築されたのは大阪万博が閉幕して1年後の1971(昭和46)年。建物は住宅会社が引き取り、「パビリオンのある街」として売り出され、1992(平成4)年に住宅会社から広陵町自治会に贈与されました。

大阪万博当時は、階段で一旦2階(観覧用の通路)に上がり、1階展示場の奥に降りるようになっていたとのこと。展示場だった館内に入ることはできませんでしたが、カンボジア王室のレリーフが大切に保管されているそうです。なお、毎年11月3日の文化祭が開かれている日は自由に中に入る事ができるようです。

老朽化で一時取り壊す話も出たそうです。しかし、住民の要望や両国の友好のシンボルとしてカンボジア大使館が存続を要請したこともあり、2017(平成29)年、自治会が積立金などを充てて、約2600万円かけて補修したとか。当時使用されていた建築物の一部も展示保存されています。住民のパビリオンへの愛着、熱い思いを感じますね。

このレリーフも当時カンボジア館にあったものなのかな。

地元の方は、この集会所を「広陵パビリオン」と呼び、長年憩いの場として愛されてきました。
数少ない万博のレガシーを約50年以上にも亘って大切に守り続けてきた、地元広陵町の方々に感謝するとともに、これからもずっと守っていってほしいと思いました。

なお、現在大阪万博開催時の形のまま現存するパビリオンは、万博記念公園内にある鉄鋼館(EXPO’70パビリオンとして利用)を除くと、国内で2か所しかありませんが、外国政府のパビリオンはこのカンボジア館だけ。もう一つはドイツの自治体、ミュンヘン市館。岡山県奈義町の陸上自衛隊日本原駐屯地にあり、広報館として使用されているそうです。
基本情報
名称:広陵町自治会館 集会所(広陵パビリオン)
住所:神戸市北区広陵町2丁目28-2
アクセス:神戸電鉄 山の街駅から徒歩約10分。阪急バス 広陵町1丁目バス停から徒歩約1分。
【見学時の注意】集会所があるのは住宅街の一角です。駐車場はありませんし、周辺道路は駐車禁止です。見学される際は、公共交通機関か駅近くのコインパーキングをご利用ください。
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